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東京地方裁判所 昭和62年(ヨ)2333号 決定 1987年12月25日

債権者

小沢勝彦

他二九名

右債権者ら代理人弁護士

宮里邦雄

田邨正義

大橋堅固

渡辺正雄

井上幸夫

前田茂

債務者

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

住田正二

右債務者代理人弁護士

西迪雄

中村勲

富田美栄子

主文

一  債権者らの本件各申請を却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一申請の趣旨

1  債権者らが債務者に対し、別表専従休職期間欄記載の期日まで休職者たる労働契約上の地位を有することを仮に定める。

2  申請費用は債務者の負担とする。

二申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当裁判所の判断

一当事者

債務者は昭和六二年四月一日に設立された旅客輸送等を業とする株式会社であり、日本国有鉄道の旅客鉄道事業のうち、東北及び関東地方の事業を承継したものであること、債権者らはいずれも債務者の従業員であり、それぞれの所属機関、勤務箇所、職名は別表所属箇所欄記載のとおりであること、また、債権者らはいずれも国鉄労働組合の組合員であり、それぞれ同組合の別表組合役職名欄記載の役職を有するものであること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二事実経過

当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の各事実が一応認められる。

1  債務者と国鉄労働組合東日本鉄道本部(以下「国労」という。)は昭和六二年四月二三日に有効期間を締結の日から同年九月三〇日までとする労働協約(以下、「本件協約」という。)を締結したが、同協約は「会社は、特定の社員たる組合員が組合の業務に専ら従事することを認める。」(九条一項)、「専従者はその期間中休職と(する。)」(一一条)としていわゆる専従休職制度を採用し、「組合は、専従者となるべき者を選任しようとする場合は、会社が別に定める専従休職許可願を提出し、その許可を得るものとする。」(九条四項)等の選任手続、「専従休職の許可を申請する場合は、期間を定めて行うこととし、その期間は原則として一年以上とする。」(一〇条)との専従休職期間を定めるほか、専従者の休職期間中の労働条件の取扱いや専従者の休職解除、復職に関する規定を置いていた。

2  国労は、本件協約九条四項の定めに従い、債務者に対し債権者らの専従許可願を提出したところ、債務者はこれをいずれも許可し、債権者らに対し、それぞれ別表専従休職発令日欄記載の日付で、同表専従休職期間欄記載の日まで一年間専従休職を命ずる旨の発令(以下、「本件休職処分」という。)をした。

3  本件協約には、有効期間満了一か月前までに当事者のいずれからも文書による改定申入れの通告がないときは、これを更に一年間有効とするとの定めがあつたが、昭和六二年八月二五日国労は債務者に対し文書によつて本件協約の改正を申し入れ、以後両者間で団体交渉が重ねられたが合意に至らないまま、前記本件協約の有効期間の終期たる同年九月三〇日が経過し、本件協約は失効した。

4  債務者は、本件協約の失効を理由として、昭和六二年一〇月一三日国労に対し、同月一九日付で債権者らの専従許可を取り消し、復職を命ずることになる旨を通告したうえ、債権者らに対し、いずれも右一九日付で復職を命ずる発令をした。

三被保全権利について

債権者らは、本件休職処分の発令によつて債権者らは休職者たる労働契約上の地位を取得しているのであり、右地位は本件協約が失効したことにより影響を受けるものではなく、債権者らの同意なくして債務者が一方的にこれを喪失させることはできない旨主張するので、右主張について判断する。

1  はじめに専従者の休職者たる地位が労働契約上の地位といい得るか否かについて検討する。

専従休職は、労働組合の専従者に選任された労働者が、使用者との労働契約関係を継続したまま、使用者に労務の提供をせず、専ら労働組合の業務に従事し、その間休職者として取り扱われるという制度であつて、使用者と労働組合との集団的労使関係における合意によつて定められる、労働組合の業務遂行上の便宜を図ることを目的とする制度である。したがつて、専従者の休職者たる地位も、使用者との間に労働契約関係を有する専従者が労働組合の業務に専従することを可能にする手段として与えられるものといえるが、なお専従者にも休職者たる地位にあることによつて労務不提供による労働契約上の責任を問われないという利益が存するものといえるから、右地位は専従者の労働契約上の地位を成すものということができる。

2  次に、債権者らの休職者たる地位の存否について検討する。

労働協約における専従休職の定めはいわゆる債務的部分に属するものであつて(最高裁昭和四二年(オ)第九三九号昭和四八年一一月八日判決参照。)、その定めが直ちに専従者となる労働者に休職者たる労働契約上の地位を生ぜしめるものではなく、その地位は、労働協約の定めに基づき、使用者が当該労働者に対する個別的労使関係上の措置としてなす休職処分から生ずるものというべきである。したがつて、債権者らは本件休職処分の発令によつて休職者たる地位を取得したものということになる。

しかしながら、前記のとおり、専従者の休職者たる地位は、専従者が労働組合の業務に専従することを目的とする専従休職制度の下で、右の専従を可能にする手段として与えられるものであり、その地位につき専従者が有すべき前記労働契約上の利益も、労働組合の業務への専従を前提としているものといえるから、休職処分により生ずる専従者の休職者たる地位は右専従休職制度の存在と離れて独自の存在意識を持つものではない。したがつて、使用者が、労働組合との間で定める専従休職制度の存否に拘わらず専従者の休職者たる地位を存続せしめるものとして休職処分の発令をしたものと認められる特段の事情がない限り、専従休職制度を定めた労働協約の失効により、休職処分により生じた専従者の休職者たる地位もその前提を失つて消滅するものと解するのが相当である。

そこで、本件休職処分における右特段の事情の存否について考えるに、本件協約の有効期間が昭和六二年四月二三日から同年九月三〇日までの五か月八日間であるのに対し、本件休職処分は債権者らの専従休職期間をそれぞれ別表専従休職期間欄記載の日までの一年間と定めており、この点は右特段の事情を認めるべき一事由と解される可能性がないわけではない。しかしながら、本件協約は、前記のとおり有効期間満了の一か月前までに当事者のいずれからも文書による改定申入れの通告がないときは引き続き一年間その効力を有するとの規定を置いていることから明らかなとおり、更新されることを原則としており、加えて、専従休職期間については、本件協約自身が、原則として一年以上とするとして有効期間を超える期間を定めているけれども、右規定の趣旨、文言等からみて右規定が本件協約の期間満了による失効後も独立して効力を維持するものとして定められたものとは考えられないから、右規定も本件協約の更新を前提として定められた規定と考えられるところ、本件休職処分における専従休職期間も右規定に基づいて定められたものと解されるので、右の期間も本件協約が存在することを前提として定められたものとみるべきである。したがつて、債務者が本件休職処分による専従期間を一年としたことをもつて右特段の事情があるとするのは相当でない。尤も、本件疎明資料によれば、本件協約締結の交渉過程で国労は本件協約の内容について数多の不満を表明していたことが一応認められ、債務者は本件休職処分発令の際、本件協約が期間満了により失効する事態が生ずることも予測し得なかつたわけではないと考えられるが、右予測は、本件協約の期間満了による失効を可能性として認識していたというにとどまるものというべきであるから、この点を加味しても、前記のような更新規定が存する下では、なお、本件休職処分の休職期間は本件協約の更新を予定して定められたと解するのが相当であつて、前記結論を左右するには至らない。

したがつて、本件休職処分の定める休職期間が本件協約の有効期間を超えるということから、右特段の事情を肯定するには至らず、他に右特段の事情を一応認めるに足る疎明はない。

そうすると、債権者らの休職者たる地位は本件協約の失効により消滅したものというべきである。

四よつて、本件申請は被保全権利の疎明がないものというべきであり、保証を立てさせてこれに代えるのも相当でないから、これを却下することとし、申請費用について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官福井厚士 裁判官川添利賢 裁判官酒井正史)

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